ネコギギ Coreobagrus ichikawai
 
分類学的位置  ネコギギはナマズ目ギギ科に属する淡水魚
生息域 伊勢湾及び三河湾に注ぐ河川の上・中流部のみに生息
必要な生活環境 穏やかな流れの淵と瀬、隠れ家としての川岸の横穴、抽水植物帯、浮石などの間隙の存在が必要である。
活動スタイル 夜行性(昼間は岩陰に隠れ、夜間に活動)で、ユスリカ類、カゲロウ類、トビゲラ類の幼蛹などの水生昆虫などを捕食する。
特徴 体色が黒っぽいこと、背鰭の棘で刺すこと、鬚(ひげ)があること、胸鰭基底部をこすりあわせて、低く「ぎゅうぎゅう」という摩擦音を発すること
大きさ 体長は10cm程度でメスはやや小型
産卵時期 6〜7月
登録 1957年に「ギギモドキ」として新種登録
1963年に「ネコギギ」と改名
1977年に天然記念物に指定
1991年に環境庁のレッド・データブックで絶滅危惧種として選定
 ?    水産庁レッドデータブックに掲載
 ?    三重県レッドデータブックに掲載
   

 日本の固有種であり、世界でも東海三県だけに局所的に分布している。
 1957年に新種として記載され、1960年代までは、三重県内の各地の河川ではあたりまえの魚であったが、約40年程前からその生息地が減少しているとされ、1977年に国の天然記念物に指定された。
 現在、国の天然記念物に指定されている淡水魚は他に、ミヤコタナゴ(コイ科)、イタセンパラ(コイ科)、アユモドキ(ドジョウ科)の3種だけである。これらの魚種については文化庁の特別許可がない限り、一切の捕獲や飼育は法的に禁止されている。
 近年、急速に進行する流域周辺の開発、河川改修、護岸工事、及び水質汚染に伴なう河川環境の悪化によって、ネコギギの生息が危ぶまれ、分布が減少する現状にある。
 こうした現状から、1991年環境庁は、絶滅の恐れのある動物に関する報告書をレッド・データブックとして出版したが、そこでネコギギは絶滅危惧種に選定されている。

 


分類学的位置

 ネコギギ Coreobagrus ichikawai  はナマズ目ギギ科に属する淡水魚である。
 ナマズ目 ( Siluriformes ) には南米や東南アジアを中心に30余科、2000種以上の種が存在し、それは魚類の約10分の1を占める種数である。このうち、ギギ科 ( Bagridae ) はナマズ目の中でも最も種類の多いもののひとつであり、200種以上の種から構成される ( Nelson 1984 ) 。ギギ科はアフリカからインド、東南アジアを経て東アジア、シベリアにまで広範囲に分布する淡水および汽水性のグループである ( Berra 1981 ) 。特に東南アジアには種数が多く、分布の中心地となっている。従来ギギ科は外部形態がナマズ類の祖先からそれほど特化していないと見なされてきたが、Mo ( 1991 )による膨大な解剖学的データに基づく系統仮説によれば、ギギ科はこれまで考えられてきたよりもかなり特化したグループであり、大きく三つのグループ(単系統群)が認められるという。
 日本産ギギ科魚類としては、現在、ネコギギの他に、ギギ Pelteobagrus nudiceps 、ギバチ Pseudobagrus aurantiacus の2種が一般に認められており、通常3種とも別属に扱われている。 ( 澤田 1984など )。しかし、すべて Pseudobagrus 属にまとめる場合もある ( 宮地ほか 1976 ; 川那部 ・水野編 1989など ) 。日本産の種はそれぞれ、韓国および大陸部に近似種を持つといわれる ( 中村 1963など )。ネコギギーウサギギギ Coreobagrus brevicorpus 、ギギーコウライギギ Pelteobagrus fulvidraco、などである。しかし、ネコギギを含む日本産ギギ魚類とその近縁群の系統類縁関係は、現在のところ十分に分かっていない。
 ネコギギは、三重県の宮川を模式産地に、1957年にギギ科の新種として報告された ( Okada and Kubota 1957 ) 。本種は標準体長 ( 吻端から尾骨の末端までの長さ ) が15cm未満と比較的小型で、体高が高く、さらに眼径比が大きいこと、臀鰭軟条数が少ないことなどから、韓国の固有種であるウサギギギと同属の第2の種と見なされた。この原記載では、本種の和名としてギギモドキという名が示されているが、この名はすでにアムール川水系に分布する Leiocassis brashnikowi に対して用いられていたため ( 森 1947 ) 、後にネコギギと改称された ( 中村 1963 ) 。原記載には、産地として宮川 ( 三重県多気郡大杉谷村=宮川村大杉谷 ) と五十鈴川 ( 伊勢市高麗広 ) が示されている。
 ネコギギはウサギギギと同種として扱われたこともあったが ( 宮地ほか 1976 ) 、核型の相違 ( ネコギギ : 2n=56、ウサギギギ : 2n=44)  ( Kim et al. 1982 ; 上野 1985 )、および形態的差異 ( Watanabe et al. 1992 ) から、両者は明らかに別種であることが明らかになっている。



形態的特長

日本産ギギ3種と、日本に分布する他のナマズ類のうちアカザ Liobagrus reini ( アカザ科 Amblycipitidae ) とナマズ Silurus asotus ( ナマズ科 Siluridae ) の模式図を図1に示す。最初に、ギギ科魚類一般の形態的特徴について簡単に説明する ( 図 1(a)-(c) ) 。ギギ類には一対の鼻鬚、1対の上顎鬚、2対の下顎鬚の計4対の口鬚がある。体の前半部は背側から押し潰されたように幅広く、尾部は左右に平たくなっている。体には鱗がなく、背鰭と尾鰭との間には鰭条のない鰭である脂鰭が尾鰭と分離して存在する。背鰭と胸鰭には長く硬い棘が一本ずつある。特に胸鰭の棘の後縁には鋭い鋸歯がある。これらの棘は立てて固定することができるようになっており、主に防御機構としてはたらくようである。また、上下顎 ( 前上顎骨、歯骨など ) には細かい歯が密生している。
 一方、アカザはより背腹方向に平たい体型をしており、脂鰭の後縁がなだらかに尾鰭につながっている ( 図1(d) )。ナマズは長い臀鰭をもっているが、背鰭は小さく、脂鰭はない ( 図1(e) )。
 日本産ギギ科魚類3種の大きな識別点は、尾鰭後縁の切れ込みの深さである ( 図1(a)ー(c) )。ギギの尾鰭は深く切れ込むのに対し、ギバチではわずかにくぼむ程度である。ネコギギは両者の中間的で浅く2叉した尾鰭をもっている。その他、斑紋や体型などにも差異がある。中でも、ネコギギは最大でも体長が13cm前後であり、他の2種では最大20cmを超えるのに比べて小型である。また、臀鰭の軟条数がネコギギでは13〜18条と、他の種 ( 20条前後 )よりも少ない。体高が高く、頭に丸みがあり、ずんぐりとした体型もネコギギの特徴である ( 写真1.2 (省略))。




地理的分布

 ギギ科魚類の中でも、日本のギギ類に近縁関係の近いと考えられるグループ ( Pseudobagrus, Pelteobagrus , および Corebagrus と呼ばれている40−50種 )は、中国、シベリア、朝鮮半島、および日本など東アジアにほとんどすべての種が分布する、主として温帯性のグループである。日本はギギ類にとって東の辺境地といえる。その日本におけるギギの分布は図2のようにきわめて特徴的である。
 ギバチは関東・東北地方と九州の西側に二分して分布している。ギギは本州西部、四国、および九州北東部に分布するが、伊勢湾周辺にはもともとは生息しないと言われている。そして、ネコギギは伊勢湾と三河湾に流入する河川にのみ分布する。現在、宮川(三重県)、長良川および木曽川(岐阜県)、矢作川(愛知県)などの伊勢湾流入河川でもギギが記録されているが、これは琵琶湖産アユの放流により人為的に移入したものと考えられている。
 このように日本産ギギ3種はもともとほとんど分布域の重なりがない。そして、ギバチが大きく2地域に分断されて分布していることは、長らく動物地理学的に関心を持たれてきた。しかし、この2地域のギバチは遺伝的に大きく離れていることが1974年に報告され(上野 1974)、また、形態的差異も認められるために、現在、これらを別種と扱っていくよう研究がなされている ( 渡辺・前田 1993 ) 。したがって、日本産ギギ科魚類は4種ということになる。
 一方、ネコギギの周伊勢湾的分布は、他の淡水魚に例を見ない特異なものである。ネコギギの近縁種としては、従来、韓国産の同属種であるウサギギギが考えられてきたが(中村 1963など)、詳しい系統類縁関係に関する研究がなされていない現状では、ネコギギの由来を考察することは不可能である。しかしながら、ネコギギがきわめて局所的な固有の分布域をもち、周囲に近縁種が存在しないことから、本種が日本産淡水魚の中でもかなり古いものの一つであり、遺伝固有種であると想像できる。東海丘陵要素と呼ばれる植物群(シデコブシ、ハナノキ、ミカワバイケイソウなど)(植田 1989)もまた、周伊勢湾的分布をする生物として知られている。ネコギギは日本の淡水魚類相・生物相の由来や生物地理を考える上で、たいへん貴重な種といえるだろう。こういった点と、近年における人為的影響による生息数の激減から、ネコギギは1977年に国の天然記念物に指定されている。





<ネコギギの生活に悪影響を及ぼす人為的要因>
(1)  家庭や工場からの排水や農地やゴルフ場からの有薬排水、及び産業廃棄物からの有毒水などの水質汚染による固体の生存、繁殖能力への害
(2)  取水による河川の渇水や工場・住宅用地造成のための埋め立てによる生息地の減少及び消失
(3)  河川改修に伴なう流路の直線化、護岸のコンクリート化、河床の平坦化、堰堤の建設などによる生活場所の縮小。




 ※ 「天然記念物ネコギギ ー三重県における分布・生態報告ー 」(1993年3月31日 三重県教育委員会 発行)から抜粋



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