シーボルトのオオサンショウウオの謎


 シーボルトが1826年3月27日(又は5月30日)に現在の三重県関町坂下で地元民から手に入れたとされるオオサンショウウオについては、次の謎が残されており、研究者の間でも各説が発表されている。

その捕獲地がどこかがはっきりしていない。

 シーボルトの日記や江戸参府紀行で、「鈴鹿山のオクデの川」で捕獲されたものと記されているが、次の理由から謎とされている。

 1、鈴鹿川水系でオオサンショウウオの公式の生息記録がない。
 2、関町坂下周辺に「オクデ」と呼ばれる地名が公図や公簿上、存在しない。 
 3、坂下を流れる鈴鹿川が急峻でオオサンショウウオの生息地として適さない。

 このことから、単に「鈴鹿山の奥で」と解釈されたり、遠く離れた滋賀県側に存在する「奥出」という地名やオオサンショウウオが多く生息する三重県伊賀地方のものではないか、などという説が研究者の間から出されている。


 

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